群馬で板金の仕事に打ち込んでいた二十代の頃のことです。ビルや工場のような大きな現場——いわゆる野丁場(のちょうば)で、折板(せっぱん)屋根を葺いていたときでした。検査に来た監督が「これから高圧洗浄機で水をかけて、雨漏りの原因を検査します」と言いました。私は思わず、こう返しました。「家は潜水艦じゃない。そんなにしたけりゃ、全部溶接してくっつけるんだな」と。若い頃は、私も気性が荒かった。今思えば少し生意気だったかもしれません。それでも板金屋として、どうしても言いたかったのです。
高圧の水をかければ、たいていの建物で水は入る
折板屋根も、住宅の屋根も、外壁も、水は「上から下へ流れる」ことを前提に、板と板を重ね、ハゼ(折り込んだ継ぎ目)で納めてあります。上から降る雨は、この重ねの表面を流れ落ちていく。ところが高圧洗浄機の水は、雨の何十倍もの圧で、下から上へ、横から、重ねの裏側へ水を押し込みます。そうなれば、上から流す前提でできた重ねやハゼの内側へ水が回り込み、入ってしまう。これは施工の不良ではなく、そもそも建物が「水圧をかけて密閉性を試す」ようにはできていない、ということです。
家は「密閉して防ぐ」のではなく「受け流す」でできている
潜水艦は、鋼板を全部溶接でつなぎ、水中でも一滴も入れないように密閉した船です。もし建物を高圧の水で試して一滴も漏らさないようにしたいのなら、ハゼや重ねをやめて、継ぎ目を全部溶接で塞ぐしかない。それはもう、建物ではなく潜水艦です。しかも完全に密閉すれば、今度は中の湿気が逃げ場を失い、結露でびしょ濡れになる。家は、水を密閉して防ぐのではなく、上から来る水を「納まり」で受け流し、呼吸させるもの。これが雨仕舞い(あまじまい)という、板金屋の仕事の本質です。
だから、継ぎ目と納まりに手をかける
水を受け流す造りだからこそ、継ぎ目の一つひとつが効いてきます。継ぎ目は雨漏りの要因になるので、私たちはできる限り継がない一本もので納め、オーダー加工では最長6m(配送は4m)までの一枚を使うこともあります。どうしても継ぐ場所は、重ねを90mm以上とり、両端と真ん中のシーリング3条で、シールが切れても板金の重ねだけで漏らない造りにする。屋根下地のルーフィング(2次防水)は、あくまで保険。板金そのもの(1次防水)で水を切るのが、私たちの本分です。金属を切ったままの端は、あざ折や唐草の水返しで処理し、毛細管現象で水が這い上がるのを小さな折り一つで断ち切ります。
「家は潜水艦じゃない」──あの日の言葉は、今も私の仕事の芯にあります。水と正面から喧嘩して密閉するのではなく、水の流れを読んで受け流す。群馬の空っ風も、夏のゲリラ豪雨も、その考え方で納めてきました。1926年(大正15年)の創業から、代々受け継いできた手仕事です。
屋根や雨漏り、雨仕舞いのことで気になることがあれば、お声がけください。板金職人として、正直にお話しします。

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