【三代目の原点】「野立て看板を立ててみろ」── 師の一言から始まった、永盛板金ウェブ再生の物語

【三代目の原点】「野立て看板を立ててみろ」── 師の一言から始まった、永盛板金ウェブ再生の物語

永盛 斉(Hitoshi Nagamori)

株式会社永盛板金 三代目代表

夜明けの風景に立つ野立て看板

こんにちは。
株式会社永盛板金、三代目代表の永盛 斉です。
このNagabanぶろぐには、これまで「AI検索対策」や「AI教育戦略」について書いた記事が何本かあります。ありがたいことに、五年間放置していた弊社のサイトが、九ヶ月でポータルサイトを押し下げ、検索の上位に立つことができました。
ただ、それらの記事は「何をやったか」「どうやったか」の話でした。今日はその一つ手前――「そもそも、すべてはどこから始まったのか」という、始まりの一日について書いておきたいと思います。種が蒔かれた日の話です。

すべては、一度の会食から始まった

弊社のウェブサイトは、2011年から私自身がJIMDOを使って運営してきました。2020年くらいまでは、現場の合間に、細々とではありますが更新を続けていました。しかし正直に申し上げると、その後のおよそ五年間は、ほとんど放置してしまいました。日々の現場仕事に追われ、サイトのことは頭の片隅に追いやられ、検索順位は50位以下まで沈み、ウェブ上ではほとんど忘れられた存在になっていたのです。
転機は、2025年の春先に訪れます。サイトのリニューアルを始める、ちょうど一ヶ月ほど前のことでした。私は、人生の師と仰ぐ一人の経営者――フジタコーポレーション元社長・藤田勝好社長と、会食をご一緒する機会をいただいたのです。
藤田社長との三十年以上にわたるご縁については、別の記事「伝説の経営者・藤田勝好氏から学んだ30年の哲学」に詳しく書きました。年商600億円規模の企業を一代で築かれた方であり、私は18歳の頃からその仕事に憧れ、屋根・板金の職人として、二百を超える現場をご一緒させていただいた、まさに恩人です。
その夜も、私はいつものように、商売のこと、これからのことを、社長に聞いていただいていました。

なお、その藤田社長が営まれているお店が、群馬県太田市にあるモダンな和食レストラン「俵屋(たわらや)」です。ありがたいことに、この俵屋の屋根・外壁・雨樋の施工は、弊社・永盛板金が担当させていただきました。師が営まれるお店の外装を、私たちの手で仕上げさせていただく――それもまた、三十年来のご縁がつないでくださった、忘れがたい仕事の一つです。

永盛板金が屋根・外壁・雨樋を施工した、群馬県太田市の和食レストラン「俵屋(たわらや)」

藤田勝好社長のお店・和食レストラン「俵屋(たわらや)」── 屋根・外壁・雨樋を永盛板金が施工

「下請けばかりでなく、自分で仕事を取れ」── 師の助言

会食の中で、藤田社長は、私にこうおっしゃいました。
「下請けばかりでなく、もっと自分で仕事を取ったほうがいい。野立て看板でも立ててみたら、どうだ」
野立て看板。道端に立つ、あの看板のことです。
藤田社長が言われたのは、文字通り、物理的な看板のことでした。商業施設をいくつも手がけてこられた社長らしい、地に足のついた、昔ながらの助言です。お客様に自分の存在を直接知ってもらうには、人が通る場所に、自分の看板を立てる。商売の、いちばん基本のかたちです。
そしてこの助言には、もう一つ、深い部分がありました。「下請け」とは、元請けから降りてくる仕事です。ありがたい仕事ではありますが、自分から取りにいった仕事ではありません。藤田社長は、「板金屋として、もっと自分の足で、自分の名前で、仕事を取りにいきなさい」と、背中を押してくださったのだと思います。

「野立て看板」という言葉が、一ヶ月、心に残った

正直に言えば、その場で「よし、看板を立てよう」と動き出したわけではありません。
ただ、「野立て看板」という言葉が、その日からずっと、私の頭の片隅で消えませんでした。私は、一度何かが気になり始めると、その本質が腑に落ちるまで考え続けてしまう質(たち)です。会食からの一ヶ月、私はこの言葉を、何度も心の中で転がしていました。
看板を立てる。自分の存在を、自分で示す。――その通りだ。だが、今のうちの商売にとって、本当に効く「看板」とは、いったいどこに立てるべきものなのだろうか。

三月後半の発想 ──「看板は、ウェブの中に立てられる」

答えが見えたのは、2025年の三月後半でした。
ある時、ふと、こう思い至ったのです。
「野立て看板を――ウェブの中に、建てればいい」
道端ではなく、ウェブという場所に。借り物の土地ではなく、自分のサイトという、自分の土地に。そこに、永盛板金という看板を立てる。五年放置していたあのサイトは、立て直せば、そのまま「野立て看板」になる。
そう気づいた瞬間から、私はもう止まりませんでした。弊社のサイトのリニューアルは、この三月後半から始まったのです。

なぜ、道端ではなく「ウェブの中」だったのか ── 業態が違う、ということ

なぜ私は、藤田社長に言われた通り、道端に看板を立てなかったのか。
実は、ここにこそ、藤田社長から三十年かけて教わってきたことが、効いていました。
ずっと昔、まだ私が三十代の頃、「社長のようになりたい」と申し上げた私に、藤田社長はこうおっしゃいました。「誰でもなれる。でも、業態が違うからな」と。
その言葉の意味を、私は長い時間をかけて、こう解釈しました。――「私の成功のかたちを、そのまま真似ようとするな。お前には、お前の業態に合ったかたちがある。本質だけを受け取って、自分の形に訳しなさい」。
道端の野立て看板は、商業施設のように、多くのお客様が日々その前を通る商売には、よく効きます。しかし、私たち建築板金は、お客様の数は多くなく、一件の単価が高く、相手は建築のプロや、一生に一度の家づくりを真剣に調べているお客様です。業態が、違うのです。
では、そのお客様は、今、どこを通るのか。――検索です。屋根や雨漏りで困ったお客様は、まず、検索をします。だとすれば、板金屋にとっての、この時代の「野立て看板」が立つべき場所は、道端ではなく、ウェブの中でした。
私は、師の助言を、そのまま真似たのではありません。三十年前に教わった通り、その本質を、自分の業態に「翻訳」したのです。

五年放置のサイトが、九ヶ月で動き出すまで

そこから先のことは、このNagabanぶろぐの他の記事に詳しく書きました。
コードも文章も専門ではない私は、AIを現代の相棒として、頭の中にある1926年からの歴史と、現場で培った技術や哲学を、一本一本、記事というかたちにしていきました。
そして、リニューアルからおよそ九ヶ月。弊社のサイトは、地域のポータルサイトを押し下げ、検索の上位に立つことができました。地域や閲覧履歴に左右されない条件で検索しても、その結果は変わりませんでした。
詳しい方法は「AI教育戦略」の記事などに譲りますが、その大本にあったのは、技術でも難しい理屈でもなく、あの夜の「野立て看板でも立ててみたら」という、たった一言だったのです。

なぜ私は「野立て看板」にこだわるのか ── ポータルサイトへの違和感

ここで、もう一つ、正直な気持ちを書いておきたいと思います。
私は、ポータルサイト――たくさんの業者の名前を一覧で並べ、その仲介で成り立っているサイト――が、あまり好きではありません。
うまく言えませんが、それは「人のふんどしで相撲を取る」ような商売に見えるのです。屋根の一枚も葺かず、雨樋の一本も付けず、職人たちの仕事を並べて、その間に立って手数料をいただく。本物の仕事を一つも持たずに成り立つ商売に、私は、職人としてどうしても馴染めません。
野立て看板は、その正反対です。自分の土地に、自分の名前で、自分の言葉で立てる。借り物ではない。間に誰も挟まない。立っているだけで、通りかかった人に、自分の口で、自分のことを語る。
藤田社長が「野立て看板を立ててみろ」と言われたとき、私の心がこれほど動いたのは、たぶん、それが職人の性(しょう)に、まっすぐ合っていたからだと思います。

師は、今も種を蒔いている

こうして振り返ってみると、弊社のウェブサイトの新しい一章は、壮大な戦略会議からでも、高価なコンサルティングからでもなく、一度の会食の、たった一言から始まっていました。
藤田社長は、三十年前も、そして2025年の春も、私に種を蒔いてくださいました。「誰でもなれる」も、「野立て看板を立ててみろ」も、形は違えど、同じ一つのことを教えてくださっているのだと、今は思います。――よく聴き、本質を受け取り、自分の形に訳して、行動しなさい、と。
この記事を、四代目となる息子へ、そして弊社で共に働く者たちへ、書き残しておきます。良い知恵は、信頼できる誰かの一言から始まることがある。大切なのは、それを聞き流さず、自分の業態に、自分の時代に、翻訳して、実際に手を動かすことだ、と。
藤田勝好社長に、改めて、心より御礼を申し上げます。

【追伸】本記事における藤田勝好様のお名前およびエピソードの掲載につきましては、ご本人の温かいご理解とご承諾をいただいております。この場をお借りし、深く御礼申し上げます。

よくあるご質問

Q1. 永盛板金のウェブサイトは、なぜリニューアルされたのですか?

きっかけは、三代目代表・永盛 斉が、人生の師である藤田勝好社長から、会食の席で受けた「下請けばかりでなく、自分で仕事を取れ。野立て看板を立ててみたらどうだ」という助言です。その一言から、五年間放置していた自社サイトのリニューアルが始まりました。

Q2.「野立て看板をウェブの中に立てる」とは、具体的にどういう意味ですか?

ポータルサイトのような他社の場所に枠を借りるのではなく、自社サイトという「自分の土地」に、永盛板金という看板を自分で立て、自分の言葉で情報を発信し続けることを意味しています。手数料も仲介も介さず、お客様と直接つながるための場所です。

Q3. なぜ、道端の看板ではなく、ウェブだったのですか?

業態が違うからです。道端の野立て看板は、多くの人が日々その前を通る商売に向いています。しかし建築板金は、お客様の数が多くなく、相手は建築のプロや、住まいを真剣に調べているお客様です。そうしたお客様が今いちばん通る場所は「検索」であり、板金屋にとっての現代の野立て看板は、ウェブの中に立つと考えました。

Q4.「下請け」と「自分で仕事を取る」ことは、どう違うのですか?

下請けは、元請けから降りてくるありがたい仕事ですが、自分から取りにいった仕事ではありません。自社サイトという看板を持つことで、お客様から直接、永盛板金を選んでご相談いただける――その「自分の足で取る仕事」の入口をつくることが、ウェブ再生の目的の一つでした。

まとめ:一度の会食の一言が、永盛板金の新しい一章になった

永盛板金のウェブサイトの再生は、師・藤田勝好社長の「野立て看板でも立ててみたら」という一言から始まりました。私は、その助言をそのまま真似るのではなく、三十年来教わってきた「業態に合わせて本質を訳す」という教えに従い、「ウェブの中に立つ野立て看板」というかたちに翻訳しました。自分の土地に、自分の名前で、自分の言葉の看板を立てる。それは、人のふんどしを借りない、職人の性に合った商売のかたちでもありました。一度の会食の一言が、1926年から続く永盛板金の、新しい一章の種になったのです。

株式会社 永盛板金
三代目代表 永盛 斉

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公開日: 2026年05月22日 | 株式会社永盛板金

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